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寄付するものは結局お金が一番有益なのか

やっとぬいぐるみが完成しました。

3/24(木)必着に対して19日(土)に定形外郵便で発送したのでほんとギリギリでした。 

今見て気づいたのですが、どうやら首飾りのトップが表裏逆だったみたいですorz

まぁこれも個性ということで…(*´∀`)

昨年はスリランカの子どもたちの元に届いたようですが、今年はどこへ贈られるのでしょうか

目次

支援物資

支援物資にはおもに二種類があると考えられます。

新品の水や保存食、薬、毛布など国や自治体に備蓄されていたり配給されるものと、新品中古問わず団体や個人が『善意で』寄付するもの。

募金や支援金などの現金も入れれば3種類ですかね。

大きな災害が起きれば、自分でも何かできることはないかと寄付や募金、ボランティア活動にと国内外を問わず動き出します。

被災地でさえパニックが起きたりすることなく、お互いを助けあい秩序的に行動する日本人の素晴らしさは何度も報道されてきました。

しかし、「寄付」に関する思いやりというのがなかなか本当の意味で行われている場合は少ないようなんです。

想像力の欠如

被災直後には、仕分けされていない古着や賞味期限の短い食べ物、千羽鶴や寄せ書きといった物を送られても物流自体が制限されている状況で言い方は悪いかもしれませんが邪魔になってしまいました。

着の身着のまま逃げ出したのならどんな洋服や靴でも有り難いだろう、と自分も着ないような古着を大小季節性も仕分けせずに送る。

すぐに食べられるものが助かるだろう、とお弁当やおにぎりなど賞味期限の短いものを送る。

千羽鶴や寄せ書きは…どんな気持ちで被災直後に送るんでしょう

この気持ちを理解するには私にもまだ想像力が足りてないな

平時にもらっても嬉しく思えない私の人間性も問題ではありますが。

現場が必要としているものを、必要なタイミングで順当な量を贈るということ。

相手の状況を思い浮かべて、もらって嬉しいかどうかを想像することができるか、ということに尽きるのではないでしょうか。

思いやりが、押しつけやおせっかいになってはいけないのです。

これは、身近なプレゼントやお土産などでも言えますね。

ほしくないものをもらって、なんで喜ばないんだって責められてもこっちが悪いの?ってなります。

人格否定までされて揉めにモメて夫婦間の誕生日プレゼントは事前に要望を聞くことになっています。

喜んでもらえない贈った側の気持ちを考えろって言う前に受け取る側の気持ちを考えろっつうの!!

あ 話が夫婦間の問題にズレてきてる…

報道合戦

また同じことを「報道」に関しても今一度考え直すべきではないかと、災害が起こる度に不快に感じます。

どの局も横並びで同じ内容、同じ場所、同じ映像を連続して伝え、競うようにして感動物語やスクープを追い続けている。

報道の自由」が持ち出されることが多いですが、視聴する側の「報道を選択できる自由」を妨げることも権利の侵害になるのではないでしょうか。

不足している物資や人員、緊急性の高い地域や施設など必要最低限の情報拡散は必要だとして、多くの機材や通信機器は被災地に提供して活用してもらう方がよっぽど有益なのではないでしょうか。

自治体と各避難所との連絡や避難所向けの特別放送などに有効活用できるのではないかと考えます。

震災の際、どこの地域にどんな物が不足しているのかといった直近の情報が報道されることは少なかったと記憶しています。

不満が聞こえ始めてからは、〜〜は足りているといった表現で伝えられるようにはなっていましたかね。

あと、ずっと不思議に思っているのは、震災や洪水などの緊急時でも自衛隊や消防のヘリ以外では、救援活動や物資の運搬などはしてはいけない決まりになっているのかということです。

どうも報道ヘリって邪魔になっているとしか思えないんですよね。

辟易したのち、DVDを見るかテレビを消すかなどしてしまうので、情報をネットから得ることになって真偽の程が分からなくなってしまうんですよね…

東日本大震災のときにはTwitterからの情報が役にたったという話は聞いています。

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ハッピートイズは押しつけか

寄付に対する問題点をあげてみたところで、このハッピートイズプロジェクトの意義を考えてみます。

昨年の贈り先スリランカは内戦が終結して7年経ったタイミングでのプレゼントだったようです。

スリランカでは長年続いた内戦が2009年 に終了し、ようやく平和が訪れましたが、最後の激戦地となった北部州、特にムラティブ県では現在でも幼稚園を含め多くの建物が荒廃したままです。また、同国政府による幼児教育への投資は限定的であり、遊具や学習教材が不足している幼稚園が多く、教員への支援も十分ではありません。

必要最低限の施設や経費、教材などが不足している状況でオモチャを贈るということがどれだけ有益なのかという点です。

このプロジェクトは1997年に始まり、布やボランティアの集め方など種々の内容にリニューアルがありながらも、約20年続いてきています。

寄贈先は、スリランカミャンマーパキスタンといった紛争地域からネパールやモルディブ、中国といった被災地域、アメリカやイギリス、スウェーデンといった先進国まであり、国内外57の国や地域に渡っています。

この通販会社が神戸に拠点をもつ会社なので、阪神・淡路大震災から2年のタイミングで子どもたちの心を少しでも笑顔にできたら、と始まった企画なのではないでしょうか。

たしかにお金の方が様々なその時その時に必要なものに換えることができて、一番有益かもしれません。

しかし、余り布や裁縫という趣味の時間がどこかの子どもたちを一瞬でも笑顔にすることができるのなら意義はあるのではないでしょうか。

ただやはり大事なのは、贈るタイミングですね。

紛争や災害などからある程度時間が経って日常生活を取り戻すまでは邪魔になってしまいますから、最中や直後にはもっと生活に直結する支援を選ぶべきだと思います。

さらには現地の女性たちにぬいぐるみや雑貨を作ってもらって他の国で販売する方が先の長い支援になるとも思いますが、これはまた違う仕組みが必要になりそうです。

言うは易し行うは難し、です。

さいごに

相手に喜んでもらえるものを贈る。

単純なことですが、なかなか単純なことでもありません。

せっかく何か作るなら誰かに喜んでもらえるものがいいなぁ、と深く考えず申し込んだくらいでただの自己満足のためでした。

作っている間に東日本大震災から5年という節目があったことで、今後も募金や支援物資の仕分けのボランティアなど自分にもできるお手伝いを続けていこうと気付いたのです。

献血が入らないのは、貧血のため濃度検査にパスできたことがありません…

成分献血ならできる項目もあるのかな!?

まずは、身近な自分の娘たち用にぬいぐるみをあと2こ作ります。

作れって言われると意欲が減退するひねくれものですが…頑張ります。

自分自身も喜びを感じつつ、人に喜びを贈れますように☆

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